今回も、前回に続いて06年に発覚した松下電器産業(現パナソニック)が引き起こした偽装請負の顛末についてです。
『偽装請負』(朝日新書)をテキストにして、事件の概要をみていきたいと思います。
前回は、請負会社に出向した松下の社員が請負会社の社員として、技術指導するというウルトラC級の裏技を駆使して、偽装請負の違法認定を回避しようとした経緯について書きました。
結局、そのような裏技も、実態としては偽装請負であると、厚労省に違法認定されて、当時の松下電器産業が行政指導されたところまでお話しました。
それで一件落着かと思いきや、テキストを読み進めていきますと、それらのエピソードは、導入部にすぎず、より悪質な松下の行為がこの後、朝日新聞・労働チームの取材によってさらに暴かれていきます。
それが補助金の不正受給でした。
偽装請負と補助金がどうして関係あるのか疑問に思われるかもしれませんが、これがなかなかややこしいスキームなので、順をおってお話したいと思います。
2400億円投資に84億円補助
まず、自治体の補助金制度についてです。
この補助金は、設備投資に対するものと、地元で労働者を雇用することに対するものの二種類に分かれてますが、
第一に、松下は、兵庫県から約84億円もの補助金を獲得(そののちにさらに増額)しています。
当初の計画では、兵庫県尼崎工場の総建設費2800億円。兵庫県は、投資総額の3パーセントを補助しようという制度を設けていました。
いったい、どうして、そんな巨額の補助金が得られたのでしょうか。
2000年代前半、全国的に吹き荒れた消費不況の影響で、いわゆる企業城下町と呼ばれていた自治体において、大企業が次々と撤退を表明。
国内の生産拠点を集約しつつ、海外に生産拠点を移す企業がゾクゾクと表れるなか、自治体の企業誘致競争が日に日に激化していました。
それまで、企業誘致のための方策と言えば、工場の固定資産税を減免したり、休遊地を格安で払い下げたりといった支援がメインでしたが、ある自治体が行った誘致をきっかけに、競争環境は激変します。
それが04年に三重県が亀山市に進出するシャープに対して行った90億円もの補助でした。
亀山市といえば、のちに吉永小百合のTVコマーシャルで有名になったシャープの「亀山ブランドの液晶テレビ」の生産拠点ですね。
テキスト『偽装請負』によれば、これが決定された当初、自治体の企業誘致担当者たちの間には、あまりの額の大きさに衝撃が走ったとのこと。彼らそれを「三重ショック」と呼んでいると書かれています。
その「三重ショック」が当時、松下が進出しようとしていた兵庫県に与えた影響について、同書は、兵庫県幹部のこんなコメントを紹介しています。
「当初は、どの自治体の企業誘致政策もせいぜい税制優遇で、よくても雇用補助。それが誘致そのものに90億円も出したので、全国の自治体担当者はびっくりした。しかし、三重県は90億円もの投資で5500億円もの投資を呼び込んだのだからたいしたものだ」
偽装請負とは直接関係のない補助金の話を引用したのは、今冬ツタヤ図書館がオープンする和歌山市駅の再開発で南海電鉄が獲得した補助金は64億円、図書館建設費30億円も含めた公金投入合計94億円が、いかにクレイジーかを示すためです。
かたや民間が数千億円もの投資をしてくれて、地元の雇用も数千人単位で増えるプロジェクト。それに対して、ツタヤ図書館が目玉で、南海は29億円しか負担せず、CCCにいたっては、毎年3億円もらう指定管理者という立場で、非正規雇用が少し増えるだけという和歌山市のプロジェクトのおかしさがクッキリと浮彫になります。
そのへんは長くなりそうなので、いずれ別の機会に書きたいと思いますが、とにかく、松下がこのとき兵庫県から引っ張ってきた90億円近い補助金は、当時としても破格の条件でした。
そして、不正行為の対象になったのが、もうひとつの地元在住者を採用したときの雇用に関する補助金でした。
新規に地元の人を雇用した企業に補助する制度で、従業員11人~50人めまでは、1人当たり60万円。それが雇用者数が増えるにつれて段階的に一人当たりの補助金が大きくなるしくみで、101人以上なら最高120万円支給されるという制度になっていました。
松下は、この制度をフルに活用して2006年3月末に2億4545万円を受給したのですが、おかしなことに、その対象者のうち、正社員はたったの6人しかおらず、ほとんど(236人)が、松下の事業所内で働く派遣社員だったのです。
補助金制度が、そもそも正社員でなくても対象の事業者で働く派遣社員も対象にしていたからなのですが、この後、とんでもない事態が判明します。
補助金を受給した松下PDPの兵庫県・尼崎工場が、それまで締結していた派遣労働者との契約を6月末で打ち切り、7月からは請負契約に切り替え「あなたは請負労働者になる」と通告してきたのです。
ここまで読まれたカンのいい読者の方はおわかりだと思いますが、
補助金の対象には、派遣社員は入っていたが、請負社員は入っていなかった。
松下は、補助金をもらうために派遣契約をして労働者を使用し、補助金を満額もらった後には、1年したら直接雇用にしないといけないような、しちめんどうくさい派遣はやめて、好きな時に自由に解雇できる請負にしたいというワガママを押し通そうとしたわけです。
派遣を補助金の対象にした、理屈は、こうです。
人材派遣は、人を対象としているもので、新規雇用の対象者を特定することが容易なのに対して、事業の委託は事業を対象にしたものであり、新規雇用及び対象者を特定することが困難なため
しかし、もともとそんなことはわかっていたはず。
おかしいじゃあないかと、朝日新聞の記者が詰め寄ると
松下側が「請負会社と一緒になって考えてきた。当初からの計画通り」と回答したことを受けて、常に抑制的な表現しかしない新聞記者にしてはめずらしく、こう厳しく、松下側の行為を断罪しています。
「この「言葉」は、いわば、「派遣」をエサに補助金を受給したことを証明するものであり、詐欺的行為と指弾されても仕方ないのではないだろうか」(『偽装請負』126ページ)
一方の兵庫県のコメントも実に奇妙なものだった。
「申請時点で(派遣人数等で)問題がなければ、問題はないという認識だ」
要するに、おもいっきし、松下をかばってるんですね。
ツタヤ図書館・指定管理者のCCCがトラブルを起こすたびに、厳しく監督すべき自治体の驚くほど弱腰な対応をほうふつさせます。
朝日新聞労働チームが、この補助金制度について詳しく調べていくと、派遣社員の採用で補助金を受けたのは、松下のほか1社しかなく、それも対象はわずか2人。
松下の236人と比べると、あまりにも少なく、ほぼ松下のためだけに創設された補助金といってもいい制度だったのです。
まぁ、誘致して地元にお金を落としてくれるという期待があれば、自治体として、このくらい甘々なことしてても仕方ない、わけは絶対にないのですが、そのくらいのことはしかねないのは、目に見えるようです。
日本の製造業を代表する松下電器産業が、ようやく好況期に入りつつあったこの頃、自治体の巨額補助金を受け取りながらも、頑なに正規雇用を拒絶していく姿勢をとっていたことは、日本という国に大きな転換点が訪れていたことを意味します。
やがて世界経済に訪れる同時不況時には、“派遣切り”という雇用調整弁が、国内消費をドン底に冷え込ませることになろうとは、いったい誰が予想しえたでしょうか。
この後、いよいよ、企業と勇敢に戦う人物が登場します。
そのへんについては、いずれまとめて書きたいと思います。
よろしくお願いいたします。
↓都立高校偽装請負事件のスクープがいよいよBJに登場!
明朝、4年前の“不発弾”が破裂します
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