2019年2月9日土曜日

2004年の怒り

こんにちは、日向です。

昨日紹介しました拙稿

勤労統計不正、背後に厚労省の雇用保険給付カットの意図か…失業保険もらえない人続出

について、もう少し補足しておきます。

ビジネスジャーナルに書いた私の記事は、どちらかといえば、厚労省の不正調査に対する批判よりも、国が2001年以降に行なってきたの雇用保険制度改悪に対する批判に重心が置かれています。

なので、“アベノミクス偽装”を追及したい人にとっては、少しピントはずれに思われたかもしれませんが、今回の事件の根底に流れているのは「セーフティーネット解体」であるという点をみていただければ、真意は、ご理解いただけるのではないかと思います

さて、今回の不正調査が始まったとされる2004年当時を思い起こしてみますと、制度改悪に対するメディアの批判は、私が知る限り、あまり強くありませんでした。

とりわけ全国紙をはじめとした新聞には、雇用保険制度のセーフティーネット機能劣化に対する批判的な報道は少なく、その寛容さは、特筆にあたいするほどだったように記憶しています。

そうしたなか、誰も言わないのなら、どうしても書いておかねばと思って、拙著の冒頭部分に強引に挿入した15年前の“怒りの一文”を以下に引用しておきます。厚労省のドタバタぶりもよくわかると思います。




 給付削減ばかりめだつ今回の法改正の背景には「失業者の急増による雇用保険財政破綻の危機」がありました。
平成5年度には4兆7000億円を超えていた積立金が平成15年度中に枯渇することが確実視されたため、急遽「給付と負担の見直し」が行われたわけです。
 しかし、平成13年4月の改正時に「保険料の弾力条項の見直しによって、将来万一、完全失業率が5%台半ばまで悪化した場合でも、雇用保険の安定的な運営ができるようになった」と、厚労省は胸を張っていたのです。 
 にもかかわらず、それからたった2年で「安定的な運営」が困難な状況に陥ったのは、厚労省の見込みの甘さを露呈した結果と言えるでしょう。現在の失業率は、彼らの予想(「5%台半ば」)の範囲内なのですから、なぜそうなったのかまったく理解に苦しみます。 
 また、今回の改正法が、十分な周知徹底期間がないまま施行された点も見逃せません。審議会の最終報告が出されたのが平成14年12月。年明けの国会に法案が提出・審議されて4月末ギリギリ成立。5月施行というドタバタ劇の結果、法改正を知らずに退職して不利益を被った人も少なくないはずです。

 したがって、これから退職を予定している人は、改正の動きがないか常に新聞報道などに注目しておかないといけない時代になったといえるでしょう。

(『新版失業保険150%トコトン活用術』2004年3月刊より)


要領のいい人だけがトクをして、下を向いて真面目に働く人は報われない--。

いま思えば、当時からそんな社会へ急速に変わりつつあったように感じます。


追記 昨日の昼頃に出した記事タイトルを、当初「「大魔神」を殺したのは誰か」としていましたが、内容がわかりづらいと思いまして「セーフティーネットの解体」に変更しました。

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