さきほどアップしました
『いまさら人に聞けない 「偽装請負」って何?』
の続きを書いておきます。
「偽装請負」ついて書かれた本は、たくさんありますが、一冊で概要をつかみやすいのが
朝日新聞出版から2007年5月に刊行されている
『偽装請負―格差社会の労働現場』という新書です。
朝日新聞本紙が2006年夏から始めた「偽装請負」追及キャンペーンの調査報道を一冊にまとめた本で、新聞社ならではの組織力を生かして偽装請負問題の深層まで掘り起こした貴重な資料になっています。
同時期に刊行された、週刊東洋経済・風間直樹記者の『雇用融解―これが新しい「日本型雇用」なのか』(東洋経済新報社)も、同書以上に出色のルポなのですが、たまたま私が先に読んでいた都合で、今回は、こちらをテキストに用いて、偽装請負について解説していきたいと思います。
ちなみに、朝日新聞が06年7月31日から始めた偽装請負追及キャンペーンは、報道直後から世間で大きな反響を巻き起こしたことから、関係者の間では「7.31ショック」と呼ばれています。
「7.31ショック」と呼ばれた朝日新聞の偽装請負追及キャンペーン報道 |
「これなら、さっさとやれるね。頭のいい方法だ」
物語は、ある自殺現場の検視に立ち会った警察官がそんなセリフを吐くシーンから始まります。
半導体製造装置をつくる、ニコン熊谷製作所で働いていた上段勇士(当時23歳)さんが、1999年3月10日、自宅アパートで自殺していたのが、死後5日経過した状態で発見されました。
高さ60センチしかない洋服掛けと、購入したばかりのホットプレートのコードを、特別な方法で組み合わせて首が閉まるようにしたカラクリ装置をみて、そうつぶやいた警察官。その言葉が印象的なこのシーンは、偽装請負がひとりの若者を死に追いやったこと示す象徴的な出来事として、その現場の様子が克明に描かれています。
特筆すべきなのは、自殺したこの若者の優秀さです。
小学生のときから陸上競技で活躍。誰からも慕われるリーダーシップの持ち主。中学時代は生徒会長を務め、両親が離婚する家庭環境のなかでもめげずに勉学に励む。理系の技術者をめざして、高等専門学校に入学後、95単位中75単位が優という成績をひっさげて東京都立大学電気科に編入。まもなくビルゲイツにあこがれて米国留学を決意。その資金をためるためにたどりついたのが偽装請負の現場でした。
頭と手先しか出さない“クリーン着”に身を包み、昼夜二交代制の長時間勤務。入社から一年半で時間外労働と休日出勤だけで434時間半。過酷な労働と、次々同僚が契約終了で切られていくなか、“評価”が下がる恐怖に怯えるなか、次第に心身が蝕まれていく。病は深刻になり、やがて自殺へと追い込まれていく。
四畳半一間のアパートの片隅に置かれてホワイトボードには、本人の直筆でこう書かれていました。
「無駄な時間をすごした」
同書が、上段さんの自殺を「優秀なひとりの若者が偽装請負という違法な働かせ方の犠牲になった」として、取り上げていることに、私自身は、少し違和感を覚えます。
これだけまじめに努力をしてきた若者が、まともに働けないのは、おかしい
というふうにも解釈でき、その主張は裏を返すと
怠け者で努力もしない若者ならば、まともに就職もできないのは当然の結果で、それは自己責任だ
という論調を、逆の意味で補強することにつながるからです。
涙ぐましい努力をしようがしまいが、どんな人であれ、違法で悪徳なピンハネ屋の手にかかれば、まともに生活をしていくことはできません。
下手に理想とか夢とか抱いてがんばったりすると、必要以上に自分を追い込んでしまって苦しむことになるのは、わからなくもないのですが、
これだけ努力家で優秀な人でも、努力が報われずに、犠牲になるのはおかしい
という論調に対しては、無条件かつ素直に同意するのは、ためらわれます。
しかし、朝日新聞の労働チームがそう書いた2006年当時は、それだけ世間の若者のに対する自己責任論が根強いこともまぎれもない事実でした。
違法な派遣とか、偽装請負の問題について論ずるときに
「努力の足りない若者が正社員になれずに、ハケンで働くのはやむをえない」
という間違った世間の論調が、いかに頑迷で、正しい議論を妨げていたのかを表していると思います。その強固な世間の論調を突き破るためには、こうした「優れた若者の悲惨な事例」をもってこざるをえなかったんだろと解釈することもできます。
話が脱線してしまいましたが、同書がこの前段部分で整理している、偽装請負についての認識は、まことに当を得たものであることは間違いなく、自死してしまった上段さんのケースにもピタリとあてはまります。少し長いのですが、その部分を引用しておきます。
勇士を待ち構えていた偽装請負と呼ばれる雇用システムをひとことで言い表すなら、「必要がなくなれば、いつでも使い捨てることができる労働力」のことだ。企業にとって、これほど 都合のよい「雇い方」はない。
詳しく説明しよう。通常の労働者は、労働基準法や労働安全衛生法によって守られている。 逆にいえば、企業には、これらの法律によって、さまざまな義務が課されている。
理由なくクビを切ってはならないし、残業時間は労使であらかじめ協定を結ぶ必要がある。作業に応じて 労働者に健康診断を受けさせなければいけないし、職場には安全管理の責任者も置かねばならない。
一定期間以上雇う場合は、社員を健康保険や雇用保険などの社会保険に加入させ、保険料の半分をもたなければならない。
ところが、偽装請負の場合、発覚しない限り、これら一切の責務を負わずに済む。たとえばメーカーが、ある製品を低コストで生産したいとする。以前であれば、低賃金のパートか期間工を雇い入れたが、近年はもっといい方法を見つけた。
まず人材サービス会社(=請負会社) と請負契約を結ぶ。契約の主たる内容は、期日までに製品を完成させ、納入することだ。
従来の下請けならば自前の工場で製品をつくり、発注元に納めるところだが、偽装請負の場合は、 自前の設備など要らない。請負会社がするのは人を集め、メーカーに送り込むだけ。あとはメ ーカーに任せっきりだ。
ここまで読むと、多くの人は世間で「ハケン」と呼ばれていた仕事の少なからぬ部分が、実は「派遣」ではなく「請負」だったことに気づくはず。同書は、さらにそのカラクリをこう解き明かす。
請負労働者が働く場所は、メーカーの工場内。細かい指示は、メーカーの正社員が出す。偽装請負が違法とは知らない請負労働者は、この指揮・命令に従うほかない。こうしてメーカー は雇用の義務や安全の責任を負わず、請負労働者を手足のように使って、低コストで自社製品の製造を続けるわけだ。
偽装請負の実態は、労働者派遣そのものだ。しかし、請負契約を装っているので、労働者派遣法の制約はすべて無視する。
派遣労働者の場合、一定の年限が来れば、直接雇用の申し込み義務が発生するが、請負と偽っているので、申し込まない。つまり、同じ顔ぶれの労働者を何年も都合よく使うことになる。
請負という契約そのものは古くからあり、民法に規定されている。しかし、製造請負を管轄する役所はなく、偽装請負は野放しで増え続けた。
同書は、この後「責務から解放されたと思ったとき、企業の行動は大胆だ」と前置きしたうえで、偽装請負企業の悪徳さを、こう浮き彫りにする。
仕事がひまになれば請負契約を打ち切って、一度にごそっと労働者のクビを切った。不必要な労働者を名指しでクビにする指名解雇も簡単だ。請負会社にひと言「あいつを代えて」と言えば、次の日には別の労働者に代わっている。
労働者は一つの製造現場から追い出されるだけでただちに請負会社を解雇されるわけではないが、次の派遣先がみつからない場合はたいてい請負会社から契約の更新を拒否されて職を失う。
メーカーの正社員と会社が結んだ残業時間の協定にもしばられない。
請負労働者は請負会社 と結んだ協定に従うため、こちらの方が長ければ、メーカーは請負労働者を正社員以上に残業させる。
生産量にあわせて、労働力を増やしたり減らしたりできる偽装請負は、メーカーにとって麻薬のように危険で魅惑的だった。いったん使うと、中毒を起こし、手放せなくなる。
以前の企業は、予想される最も忙しい操業状態に合わせて、多数の労働力を抱えておかなければならな かったが、いつでも容易にクビを切れる魔法を手にしたとき、抱える労働力は最小限で済んだ。労働コストは大幅に削減され、利益はあがるという図式だ。
健康管理や安全管理のほとんどを請負会社任せにできるのもメーカーにとって、この上なくありがたかった。たとえ自分の工場内で労災事故が起きても、処理の一切を請負会社がやってくれるからだ。
ある請負会社の幹部はこう話す。
「片腕を落とした労災事故があったが、われわれが4000万円を払い、表沙汰にならないよ うに話をつけたことがある。そうやって面倒なことを引き受ければ引き受けるほど、われわれは企業からさらに仕事をもらえる」
社会保険料の2分の1負担も、請負会社が負うので、メーカー側の負担はない。請負会社の中には、社会保険に加入させないケースも少なくなかった。こうした行為はもちろん違法だが、 発覚しても、メーカーは「知らなかった」といえば、それ以上、追及されない。
朝日新聞のアンカーマンは、ここまで展開してきた一般論としての“偽装請負の悪徳さ”を、今度は、自殺した上段さんのケースに重ね合わせていく。
使い捨てられる労働者
以上が、違法な偽装請負を使うことにより得られるメーカー側の「メリット」だが、自殺した上段勇士が働いていたニコン熊谷製作所も、こうしたメリットの一部を享受していた。
メーカーにとって都合がいい分、請負労働者は災いをこうむりやすい。その一つが、毎月のように実施された人員整理である。1998年8月4日。母のり子は驚いた。ふだん温厚な勇士が電話の向こうで、持って行き場のない怒りを爆発させていた。
「俺だけ残ったのは今の仕事が評価されたからか? 今月はセーフだったが、残業や出張を断り、評価が下がれば俺もクビだろう」(『偽装請負―格差社会の労働現場』16~20ページ)
この後、本題に入った同書は、キヤノンと松下電器産業という、日本の製造業を代表する二大超優良企業で起きた、希望をもって社会に出てきた若者たちが偽装請負によって受けた冷酷な仕打ちを克明にリポートしている。
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